二十代最後の一年間、僕は来る日も来る日もスカウトをしていました。28歳の冬に、30歳になったら独立すると決めたのです。だから、29歳は資金を集めるための年でした。
路上スカウトマンには持ち場が決められています。近くのシマの人とか、同じ持ち場の先輩とか、よく顔を合わせるようになると付き合いが濃くなっていきます。僕はさぼらず毎日出ていたので、可愛がられるようになりました。飲みに行ったりお店に行ったり、奢ってもらうことのほうが多かったのですが。先輩たちは、お互いの売り上持ちあっているようでした。
僕は周囲の人々に「三十歳になったらやめます」と伝えていました。だから、あと一年間、よろしくお願いします、と、しっかり挨拶をしていました。この世界では連絡もなく突然消えてしまう、いわゆる「トぶ」人も少なくないのですが、僕はそのあたりで揉めないよう、かなり早めから退職について意思表示をしていました。できれば次の仕事でも人間関係を活かしたいと考えていたのです。泥臭い仕事であればあるほど、可愛げのある人間が得をするのは世の常です。
くだらないプライドは捨てて、媚びるときはきちんと媚びること。
大事なことだと思います。
とは言え、あまり言いなりになりすぎてもいけません。スカウトの方々との付き合いが長くなっていくと(この世界では二ヶ月でもすごく長い付き合いという感覚です)いわゆるアウトローな場所へのお誘いにも遭遇します。ここでの見極めはすごく重要です。
僕が独立を決めたのは、プライベートでも連絡を取り合う女の子が増えていって、彼女たちから色々な話を聞くようになってからでした。大手の事務所ならではの制約や、思うように稼げない悩みなどを聞かされるうちに、自分の紹介料がいかに微々たるものであるか、制作サイドがいかに儲けているかもおのずから明らかになりました。そのあまりの落差に歯噛みする思いでしたが、ふと、出演する側、接客をする側の女の子も、全てではありませんが、少なくない不満を抱えていることが分かってきました。僕なら距離が近いから、そういう不満を解消してあげられるかもしれないと思いました。
スカウトをできる自分が、制作もできたら、マージンも何もいらないんじゃ?
ふと、そう思ったのがきっかけでした。結局、一人で全部出来る人間が強いに違いないのです。元手があり、マーケットが確保できさえすれば、大きくする必要もありませんからね。商材の女の子は集められるから、あとはお金と、業界でうまくやっていけるよう顔を売っておくことだと思いました。
そう決意してからは、プライベートで連絡先を交換した女の子たちと深い関係にならないようにしていきました。ご飯を奢ってあげたり愚痴を聞いてあげたりしたあと、部屋に連れ込んでいたんですが、それをやめました。いつでも愚痴を聞いてあげるから連絡してね、と言って、終電前に別れるようにしたんです。そうしたら以前よりモテるようになったのは皮肉なことですが(笑)、何はともあれ、それ以来僕は今まで、「お手付き」なしです。
機材をそろえてアダルト映像を制作し、自分のサイトを持とう。28歳の終わりごろ、そう決めました。僕は、できるだけクリーンなイメージを保とうと思いました。そのほうが女の子が集まりやすいと分かっていたからです。多少出演料が安くても、彼女たちは安心できる事務所を選びます。
だから、スカウトの先輩たちから「そういう場所」への付き合いを誘われたとき、安易に受けたりはしませんでした。言い方は良くないですが、誘ってくれたのがあまり権力を持っていなくて、今後も成功しそうにない人間であれば、はっきり断っていました。これはあくまで僕の感覚ですが、「そういうところ」に安易に誘って来る人ほど小者の印象があります。
断られると不機嫌そうにはしますが、たいがい、深追いはしてきません。「すいませんでした」と言って、徹夜明けの朝食を奢ったり、珈琲を差し入れたりと、小さな付き合いをしておけば問題ありません。
小者に支払う小銭は惜しまないこと。
これも重要ですね。ときに彼らは、良い宣伝塔になってくれます。暇な人ほどうわさ話が好きですからね。
「こんな奴」と思う相手にほど、仏の心で接するといいと思います。
独立を決心した時点で、小者に優しくすることを意識して行動して下さい。そうすれば、思わぬところから足元を掬われるということがなくなりますよ。
では、断れないような重役から「そういうところ」に誘われた場合はどうするか?
これは、まだあまり考えなくてもいい問題です。地位のある人間は、一介のスカウトマンをわざわざ名指しで誘ったりしません。ただ、売れるようになってきたり、独立後にあいさつ回りをしたときに誘われる可能性はありますよね。どんな業界にも裏番長のような存在はいますから……。
正解は、「お金を包んで渡し、お誘いは断る」です。
クリーンでいるためには、お金がかかります。関わらないための料金というのは存在します。
誘われたとき、
「すみません、本当に行きたいんですが、明日の朝まで抜けられない仕事がありまして……。少ないですが、包ませていただきました。みなさんで楽しんでらして下さい」
と言って、さっと渡せるようにしておきましょう。
そういうとき僕が包むのはだいたい10万円程度ですが、あまり多いと味をしめられる可能性もありますので(笑)、可能であれば事前に相場を把握しておきましょう。同業者に相談すれば、意外と教えてくれますよ。
皆、儲かっている話をするのは嫌がりますが、お金で苦労した話は、進んで聞かせてくれる。そういうものなのですね。